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谷本自動車

 名瀬に戻ってきて5月までの約7ヶ月間、私は谷本自動車に勤め、月給300円で黄バスと呼ばれていた市内バスや、笠利・古仁屋行きの愛國バス(米軍払い下げ車両)や、トラックの運転手をやっていました。車掌はすべて男性でした。
 
 この当時、瀬戸内町の古仁屋までは、片道80kmの距離があり、延々8時間もかけて行き来していたのです。それに比べ、名瀬から古仁屋まで慶徳(けいとく)丸という(定員50人位)木造船では、2時間半しかかからないという状態で、この陸路の難儀さは長い間続きました。今なら、この区間は1時間もかからないでしょう。