その後、4月から8月まで針金細工でブローチを作り、英一兄に1個4円で卸したり、5円で小売をしたりしていましたが、労多くして益の少ないこの仕事に内心うんざりしていた時期でした。
ハブに咬まれたのは、この間の7月31日のことでした。
古田町の奄美高等女学校(現・奄美高校)の教員住宅に住んでいた次女の信子姉夫婦が、夏休みで亀津に帰省するからと留守番役を仰せつかりました。
事も無く日が過ぎてゆきましたが、ある明け方、にわか雨がうち込んできたので、当時貴重品だった縁側のミシンを濡らさぬよう雨戸に手をかけた時のことでした。
一瞬、裸電線に触れて感電したかのような衝撃が額に走りました。戸袋に収納されていた戸にぶらさがっていた物は、なんと!毒蛇・ハブだったのです!
咬まれた箇所が頭部でしたから命にかかわると思い、急いで窪田病院(現・末広町にあった)へ駆け込みましたが、
「頭は毒のまわりが遅いから落ち着きなさい。」
意に反して、窪田先生の対応はのんびりとしたものでした。
傷口を切開し、注射をうってもらいましたが、この治療は命の保証であって、痛みや症状をやわらげる類のものではありませんでした。
この時の症状を具体的に書くと、
【顔面は腫れあがり、上下のまぶたは、指を使わないと開けられない状態。しかも、8~10時間後にはハブの毒が回って上半身まで腫れてしまい、全身が火であぶられているような痛さでした。意外に傷口は大したことはありませんでしたが・・・。】
といったものでした。
病院の隣にあった長女・兼子姉の家に数日厄介になりました。ハブに咬まれる中で一番軽度だといわれる頭部でさえこのような有様なのです。
今では、めったに街中でハブにお目にかかることはないでしょうが、奄美ならではの体験談として記しておきましょう。