9月から次女・信子姉の夫・大河平才秀(おこひらさいひで)兄の弟の清瀬才為(きよせとしなり)君と2人、石鹸やタバコの行商をはじめました。
地元で使われていたコンニャクのように柔らかいものと違い、アメリカ製のラックスやアルボスといった石鹸は品質が良く、飛ぶように売れました。
お得意さんの数が増えてくると売上げもどんどん上がりました。効率を考えて自転車を使うようになり、商売も楽しくなってきました。
この頃の奄美は、これらの日用雑貨が慢性的に不足していたのです。
《追記》
才為君と私は年も近く(一歳違い)、名瀬や東京の松谷製作所時代も侵食を共にした仲で兄弟のようなものでした。
彼は小柄ながらどこにあっても物怖じせず、堂々と大きな声で徳之島の言葉を話していました。
そのため、よく近所の人から彼はどこの国の人か?と尋ねられたものです。