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薩摩屋レコード

 「福島さん、私にレコードを仕入れさせてください。」
彼は、私の申し出を快く引き受けてくださいました。
 こうして、当時流行していた曲のレコードを10万円分仕入れて奄美へ戻りました。
 蓄音機もそれほど普及していない時代でしたが、この頃、名瀬はダンスホールが花盛りで、今の奄美大島信用金庫本店近くの桜ダンスホールやよねやま文具近辺にあった中村ダンスホールなどでレコードを買ってもらい、それが10万B円になりました。(奄美の貨幣はB円と呼ばれていて、日本本土の円の3倍の価値がありました。)

 この売上げで私は息を吹き返すことが出来ました。
 この時の恩人、薩摩屋レコードの福島重成さんは、現在、鹿児島県税理士会の会長さんを務めていらっしゃいます。

《追記》
健七たちは50日も黒糖の返却を待っていましたが、無しのつぶてで、結局、彼は路銀を使い果たしてしまい、船の飯炊きのアルバイトをして、ようやく奄美へ戻って来ました。今となっては笑い話ですが、手元に残っていたのはコンブ一束という悲惨さでした。