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自衛隊機らんかん山へ墜落

 9月3日16時55分、名瀬市矢之脇(やのわき)町のらんかん山へ、海上自衛隊鹿屋(かのや)基地を飛び立った対潜哨戒機・P2Vネプチューン(海鷲)が墜落、炎上しました。ものすごい爆発音に私たち市民はびっくりし、現場へ向かいました。山はものすごい黒煙で完全に隠れてしまいました。この事故で、搭乗員12名と山腹で農作業をしていた方1名がなくなりました。自衛隊機の超低空飛行が原因となり、そのため、らんかん山へ激突したようです。

 鹿児島県立大島病院(通称・県病院)で輸血を必要とした妊婦を救うため血液を落下傘で投下した後の出来事でした。私どもと同世代の隊員たちの不慮の事故は他人事ではありませんでした。
発足したばかりの我ら青年会議所は、彼らの功に報いたいと活動を開始し、その体を成してゆきました。

《追記》
くれないの塔建立・横当島の石

 翌38年10月2日、自衛艦「いすゞ」「もがみ」(いずれも1490トン)が来島。3日、午前7時打ち上げ花火、9時から10時まで自衛隊音楽隊による市中パレード。10時半から12時まで遺族の市内見学、12時から14時半まで遺族会館にて追悼式を行いました。

 自衛隊機の墜落現場に建立した「くれないの塔」という鎮魂の碑の除幕式を、同機が墜落した時刻(16時55分)に行い、遺族代表の方による除幕のハサミが入れられました。

 除幕式には防衛庁から、井原防衛庁長官、次官をはじめ海上幕僚長、鹿屋航空隊関係者25名のほか亡くなった隊員の遺族42名、そして佐世保自衛隊の音楽隊24名が参加しました。空からはP2Vネプチューン3機が参加し、名瀬市の全市民はサイレンを合図に1分間の黙祷を捧げました。のどかな名瀬市で起こった、その痛ましさゆえに忘れられない出来事です。

 名瀬港から北西に30キロの洋上の横当島(無人島)は、その海岸周辺に波で磨かれた丸く美しい石が沢山ありましたので、それを採ってきて、くれないの塔の周辺に敷き詰めようと話しました。実行の当日、秋の海は荒れていて、船酔いしたり、重い石を担いでの坂の往復は大変なものでした。メンバーは、美佐利雄君、前田信一君、渡建設の渡武彦さん、私の4名でした。