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坪山豊さんのレコード制作

 デビューから1年後には、坪山豊さんは、レコードを出すほどレパートリーも増やしていました。しかし、レコーディングは、順調だったというわけではなく、納得のいく作品の完成までに、実に1年の時間を要しました。このレコードが完成したときには、坪山さんを発掘した1人、池島典夫さんが、
「坪山さん、おめでとう。良かったねぇ、本当に良かったねぇ…。」
と、涙ながらに喜んでいました。

 同郷の稲田栄利さん(故人)のご指導で、三味線の方もめきめき上達していきました。この頃の坪山さんは、大和村今里の武田ぼうさん、今田カメキクさん、宇検村生勝(いけがち)の与名(よな)スミさんといった先輩の方々から埋もれた唄を聞き出したり、唄の指導を仰ぐという熱心さでした。

 そして、その島唄活動は、昭和53年、彼の代表作ともいうべき【ワイド節】の作曲へとつながってゆくのです。
 この時のレコードも廃盤となっています。