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ヤマハオートバイの特約店になる

 以前、日本復帰を記念して奄美に莫大な教育予算が組まれるという話があったので、私は、ピアノ、オルガンなどの仕入れを鹿児島市内の十字屋さんにお願いして、アサヒというメーカーの250CCのオートバイ(22万円で購入)にまたがり、大島本島、喜界島、徳之島の学校をくまなく訪問しました。この時、学校では面白いようにピアノ、オルガンなどの注文が取れました。

 ところが、喜んだのも束の間で、なんと、これらの楽器は、すべて国が現物を無償提供するということに決定してしまい、当然、学校からいただいた注文のすべてがキャンセルとなってしまいました。
 
 この時ばかりは、心底ガッカリし、しばらくは何もやる気が起きませんでした。
 しかし、オートバイで風を切って島々を走りぬいた快感が体に残っていましたので
「いっそのこと、オートバイを扱ってみようか。」
と思い直し、アサヒのオートバイを処分したお金を元手に、この年の6月にヤマハオートバイの特約店となりました。こうして、セントラル楽器店と併用で、オートバイ店を始めました。

 ある者はオートバイを趣味として、またある者はそれを生業(なりわい)として私の周りに集まり始めました。

ファイル 35-1.jpg写真は右から、
泉 正男(いずみまさお)君(東京堂元社長)
西 星公(にしせいこう)君(ホンダプリモ社長)
指宿良彦(いぶすきよしひこ)
横山和夫(よこやまかずお)(後ブラジル移住・家内の二番目の弟)です。

 数え切れないほどのオートバイでのツーリングを行いましたが、純な若者たちの笑顔が素敵なこの写真が一番のお気に入りです。
背景は、名瀬市小浜町の方面です。

島唄録音 いよいよスタート!

 私が奄美島唄を音の文化として形にしようと取り組んだのはこの年5月からです。
 私がまだ幼かった頃、父方の祖母・メキヨテが毎日繰り返し歌ってくれた亀津朝花がすっかり脳裏に焼き付いていました。理屈抜きに、いつか祖母の歌っていた唄を再現するのだという強い思いが島唄録音のきっかけでした。

 我が社で最初の島唄録音をした唄者は、瀬戸内町諸数(しょかず)出身の福島幸義さんと同町花富(けどみ)出身の20歳の朝崎郁恵さんでした。

続きは下記書籍「大人青年」よりどうぞ
大人青年


【南大島編カセットテープ収録曲】
ファイル 36-1.jpg朝花(あさばな)
俊良主(しゅんりょうしゅ)
くるだんど
とらさん長嶺(ながね)
すばやど
ちょうきく女
うらとみ
朝顔
やちゃ坊
曲りょ高頂(まがりょたかちぢ)
飯米(はんめ)取り
いんみやんみ
徳之島節
野茶坊(やちゃぼう)
数え唄(逝きょ加那)
(全15曲)

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