ここに奄美があった 坂元 豊蔵

ここに奄美があった 坂元 豊蔵
ここに奄美があった 坂元 豊蔵
島唄

ここに奄美があった 坂元 豊蔵

 1.はやり朝花 ♪試聴
 2.本朝花
 3.俊良
 4.黒だんど
 5.だんかん橋
 6.かんつめ
 7.やちゃ坊
 8.しゅんかね
 9.今ぬ風雲
10.上がる日ぬはる加那
11.芦花部一番 ♪試聴
12.塩道長浜
13.太陽ぬ落てなぐれ
14.雨なぐれ
15.飯米取り
16.うらとみ
17.長雲
18.渡しゃ
19.嘉徳なべ加那

-日本復帰50周年盤-
ここに奄美があった 坂元豊蔵
品番 C-19 2,860円(税込)
全19曲 2002年10月発売 ※1963年録音

販売価格¥2,860(税込)

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カテゴリー:商品, 坂元 豊蔵, 島唄, 島唄・島口

囃子 不明

坂元 豊蔵(さかもと とよぞう)

生年月日

1894年3月17日生
1977年6月6日 没年月日

出身地

大島郡宇検村芦検

島唄歴

1925年(大正14年)
筑前琵琶の免状取得(称号は旭友)
1928年(昭和3年)
奄美の島唄を歌いNHKのラジオで放送される。 本邦初、その後、1930年、1932年、1953年、1963年にも出演する。
1951年(昭和26年)
文部省主催芸術祭にて鹿児島県代表として出演。
1961年(昭和36年)にも同芸術祭に参加

コメント

 奄美の島唄を公共の電波(NHK)に乗せた第1号の唄者
民謡はおろか奄美が全国的に認知されていない時期の出来事である
上京していた奄美出身の人達は、彼の島唄を聴くと「奄美に帰ったような思いがする」と口々に言ったそうだ

 奄美島唄も少しづつ変化を見せている
昔のままの島唄が残されているのは遠いブラジルの地であったりする
坂元豊蔵も若くして故郷を後にした
それゆえに、いつまでも瑞々しく思い起こせる記憶の中の人たちと山河があった
人生の大半を東京ですごした。 それでも、島唄は手放さなかった
唄を演ることが己がシマンチュ(奄美出身者)であることの証明だといわんばかりに・・・
だから、異郷の地で歌った。 シマの血がたぎった。 人々は言った
「豊蔵の島唄が聴こえたら、そこは奄美になった。」と