牧岡奈美の世界

メロディもしっかり音が採れているし、とにかくうまい!
ピアノ、エレクトーン、テナーサックスと三味線を演奏するこの脈絡の無さ!!
西洋音楽と12音階を逆行する奄美の島唄を結びつけるのは、このような少女たちかもしれない。

今はただ、好きに歌っていればいい。
奄美を離れて本当に島唄の良さが解った時、彼女は大きく化けそうな気がするのである。

■初対面

’97年夏休みにカセットテープ制作用の録音が決定した。
その年の5月の名瀬での島唄コンクールに出場するために彼女は喜界島からやって来た。前日、発熱して元気がなかった。

「今回、とりやめようって言ったんですけど本人がどうしても出るってきかないんですよ。」
おかあさんは苦笑い。
奈美ちゃんは無言・・・。

翌日、奄美民謡大賞に出場、見事、KTS賞を受賞した。
伸びやかな声の娘だった。
小さな体で圧倒的な存在感を示してくれた。

録音の日がやってきた。
メンバーは、牧岡奈美さんと彼女のおかあさん、そして、島唄の師匠・安田宝英氏、姉弟子の武利奈子さんの4名。

安田先生は、サンシン、武さんは囃子を担当した。
初日は、録音スタジオに慣れてもらえればと、軽くウォーミングアップをした。
朝花節を練習で歌ったが、歌詞を間違えて泣き出した。
舞台度胸のある娘だったので、師匠も、姉弟子もア然。

その夜は、ホテルのクーラーを効かせ過ぎ、翌日は声が枯れて録音はNG。
今までの録音中、最悪のスタートだったのだ。

武センパイは、奈美ちゃんのことを「ナミヘイ」と呼んでいた。
あの漫画・サザエさんのおとーさんの磯野波平さんとおんなじだぁ!
奈美ヘイ・・・呼びなれるとけっこう、カ・イ・カ・ン!

’97年8.25~30までの6日間で16曲仕上がった。
2日のブランクは、消えてしまった。

コンスタントにどの唄も心地よく歌ってくれた。
牧岡奈美、当時13歳と11ヶ月。
’97年12月にカセットテープ完成。

■翌年の夏

CD制作のための録音を行う。メンバーは、昨年と同じ。
自由時間は名瀬の街を歩き回る。少しもじっとしていない。
活発なお嬢サンだ。最近島の外に出て楽しかった所はどこ?
すかさず、「鹿児島のジャングルパーク!」 (鹿児島市内にある遊園地だ)、島唄を歌うとき以外は、まだまだ無邪気。

歌うことが好きなのだ。好きなことはどれだけやっても疲れない。
休憩時間にも、武センパイと歌っていた。
一丁のサンシンを二人で演奏していた。
片方がバチを使い、もう一人は弦を押さえる。
そうして島唄を歌う。

伸び伸びと歌うのだから聴くほうも心地よい。
安田先生が行儀の悪いことはやめなさいと穏やかな口調。効果ナシ。
かつては、島唄といえば紋付・ハカマのイメージだった。
この子たちが新しい時代の島唄を演じてゆくのだろう。

昭和50年代に喜界島で島唄を歌っていた方のコメント。
「昔は、島唄をやっているって言ったら 『だせーな』 だったのヨ」
奈美ちゃんにその話をした。
「今はどう? やっぱりダサい?」
「ううん、島唄大会に行くって言ったら 『頑張ってネ』 ってみんな応援してくれるの。」
時代は、確実に変わったのだ。

■癒しの唄

心地よい声でファンを魅了してくれる。癒し系の唄の代表だ。
頭痛の際、彼女の島唄を聴いてみるといい。
5分以内に痛みがひいてゆく。

他の唄者でも試してみたが、彼女の声が最適だ。
偏頭痛の方へおすすめしよう!
医薬品扱いにしたいくらいの効果を感じるはずだ。

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